借金返済物語

カードローンや消費者金融などで膨れ上がった借金を返済するに至った体験談を掲載!

借金返済体験談

「音楽で食っていく」と決意し、高校を中退。その後フリーターとなり、借金生活からの復帰談

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カイトと申します。本日は私の、人生の過ちである「約300万の借金を重ね、親族や友人に大きな迷惑をかけた話」をご紹介したいと思います。

私が17歳の頃、世の中ではバンドブームが来ていました。私も高校の友人とバンドを組んで、音楽で食べて行きたいなぁと思っていました。しかし、音楽で食べたいと思うわりには、ロクに練習もせず、ギターを持って街にいたいだけの「自称バンドマン希望の少年」といったところでした。

アルバイトで貰った給料は遊びのお金ですぐになくなりますが、学生ですから生活費はかかりません。ロクに勉強もせず、ひたすら遊びばかりの毎日でした。

そんな時、バンド仲間の同級生と、高校を中退して本気でバンドをやろうという話になりました。いま思うと、ただ遊びたいだけでしたが、私達は高校を中退するという決断をして、それぞれの親に説得にあたりました。

私は友人と一緒に飲食店のアルバイトをしながら「将来は音楽で食べていく」という目標を理由に、親や担任の猛反発を押し切り、無理やり退学に踏み切り、実家を出て年上の友人宅に転がりこみます。

メンバーのうち1人は高校を辞めずに卒業しましたが、いま思うと高校を辞めなかった彼が1番現実的な人間でした。

 

悪い大人の遊び方を若いうちから知ってしまった結果……

当時、アルバイトをする飲食店には、いまで言うフリーターや、大学生の先輩達もいます。高校を辞めた私は、すぐに大人になったように錯覚して、彼らの影響をモロに受けていきます。

洋服や時計、日々の遊び方など、今までの自分達とは違う世界に大きな憧れを持ちながら、バイト仲間にお金を借りてまで遊びに行くようになり、ズルズルと片足を突っ込んでいきます。

18歳になると飲食店を退職して、洋服屋で働きながら毎晩の様に遊びに出ていました。

それは「バンドマンよりも、夜はディスコでスマートに遊ぶ方がカッコいい」と、そんな安直なバカな考えに頭が支配されて、僕は借金の世界へ本格的に突入していくのです。

価値は良く分からないが、みんな持ってるから・格好いいからと、ブランド名だけでローンを組んだロレックスの時計や、ギラギラしたネックレス、DCブランドのスーツやバッグなど、何でもかんでもローンを組み買ってしまいます。

そして、ローンとは別に消費者金融にも手を出して、自分の稼ぎ以上の生活レベルへ足を踏み入れて行きます。当然、実際の稼ぎはわずかですから、親しい友人からもお金を借りて、まさにドロ沼の中から出ることは出来ません。

取り立ての電話は自宅だけでなくバイト先にもかかってきます。電話にビクビクしながらも、毎日の生活を変える事は出来ませんでした。

日々の生活としては、とても狭い・汚い・安いワンルームに夜遅くに帰ってきて、シャワーを浴びて寝る、朝起きて服屋にバイトに行く、バイトが終わったら、また仲間とディスコへ、この繰り返しが何日も何ヶ月も続きます。

やがてアルバイトから社員採用になり、ボーナスも少ないですが貰える身分となります。

 

「いつか成功するんだ――」 一発逆転の夢を捨てきれず……

その頃は、実家から野菜やお米を郵便で定期的に送ってもらっていました。お礼の電話は都度していましたが、ある日、母親から「もう実家へ帰って来なさい」と叱られます。借金の電話が実家にも行くわけですから、当然といえば当然です。

しかし僕は、今のこの生活を捨てたくないという思いから、母親からの電話を無視していきます。

「いつか俺は1発当てて、借金なんかすぐに返してやる、俺は成功するんだ」と夢のような事を本気で考えながら、取り立てに怯え、でも生活は変えられずにドンドン深みにハマっていきます。

そんなある日の、ちょうど給料日、ある考えが頭をよぎり、私の生活をまるっきり変える出来事が起こります。

(給料が手取りで23万、あと10日もすればボーナスが2ヶ月分くらい入る、、、このまま逃げてしまおうか。あの300万なんてもう返せない。遠くへ逃げて最初からやり直したい。もう怯えたくはない。)

そんな考えに取り憑かれた私は、ボーナスが出る日を淡々と待ちながら、自分の身の周りのお金になりそうな物を処分していきます。今の様にネットで便利な買取がない時代ですから、近所の質屋に持っていくわけです。

そしてボーナスの日、私は体調が悪いので休むと連絡を入れて、銀行へ向かいます。

 

魔が差した私は、借金返済からの逃亡を決意

口座のお金を全ておろし、給料の残りと、時計やバッグなどを売ったお金、約85万を手に失踪します。

新幹線を使わずに、電車を乗り継ぎ、ある地方都市へ到着した私は、とりあえずの寝る場所を探します。
すると、季節労働者やホームレスの方が利用する簡易宿泊所という、安く泊まれる施設がある事を知ります。

一泊約2000円、とても綺麗とはいえませんが、外で寝るよりは良いかと宿泊を申込み、部屋に上がります。

毎日の借金の悩みから解放された僕は、少しだけ気が楽になり、これからの生活についてポジティブに考えはじめますが、当然のように世の中はそんなに甘くないのです。

本名で働くとバレる恐れがあるので、偽名で仕事の応募をしますが、身分証明書がないと採用されません。毎日お金が減って行くだけで、収入がないのです。

朝起きたらコンビニでパンを買って、お昼まで公園でボーッとして、またコンビニで安い食べ物を食べて、夜まで公園でボーッとする生活です。
暇だから歩きまわっても、特に刺激もなく、失踪する前よりも不幸せだなぁと考えるようになりました。
公園で子供連れの家族をみたり、歩いてる家族連れをみるたびに、「あんな生活がしたかった」と思い詰めていきます。

 

4ヶ月の放浪生活の末、今一度人生をやり直すために実家へ

4ヶ月ほど経ち、お金も底をつきかけ、簡易宿泊所を出た私は、公園で寝泊まり2日目に一大決心をします。

「迷惑をかけた皆に謝ろう、許してもらおう、やり直そう」

そう考えた僕は、電車に乗り、かつて自分から捨てた地域へ帰ります。以前交際していた女性の部屋の近くで何時間かのあいだ帰宅を待ち、とりあえずの間のお金を借りようとしますが、当然貸してもらえず。「急に来て迷惑だ、今は別の彼がいるし本当に迷惑だ」と罵られ、何とか頭を下げて実家までの電車賃を貰いました。

髭も剃らずに汚い服装の僕を本当に気持ち悪い目で見ていました。

実家に到着して、応接間に上がり、頭を下げると、母親、父親、妹も号泣して、「生きてて良かった」との言葉がありました。家族の中では、自殺したのではないかと思っていたとのことでした。

実家に戻って、母親の作る料理を食べて、広いお風呂に入り、布団で寝るという事が、こんなにも幸せなのかと思い知ります。
数日が過ぎたころ、学生時代の友人から実家に電話があり、食事をしようと誘ってくれました。妹経由で帰りを知ったとのことで、両親に食事代を借りて居酒屋へ向かいます。

居酒屋でここ最近の失踪について話した僕を、「ほんとバカだなぁ、もう後はやり直すだけだな」と優しく励ましてくれました。久々に心から笑えた食事でした。

後日、両親が借金を払ってやるからクレジット会社と消費者金融に電話しろと言ってくれました。ドキドキしながら電話をしますが、「今日これから振込むので」という瞬間は、本当の意味で肩の荷がおりたと同時に、両親と友人へ大きな感謝の気持ちと、返しきれない恩を感じました。

その後、実家に住みながら、就職先を探して、念願の就職に成功します。

「失敗から学んだこと」として、いくつか思う事があります。

  • 自分に起きる問題のほとんどは、自分が起こしていること(自分が作っている)
  • 当たり前の事を後回しにして、なおかつ当たり前の事を拒否したことにより、信頼・信用を簡単に失う
  • 家族や友人の大切さと、いざ自分が逆の立場ならば、同じことができるだろうかということ
  • 見た目や生活レベルよりも、地に足が着いた生活の方が、実は幸せだということ
  • 小さな努力を怠ると、取り戻すためには、もっと大きな努力が必要であるとのこと

今の私がいるのは、助けてくれた家族と、昔からの友人がいてくれたからです。私のバカげた行動を、叱りながらも、支えてくれたからこそ、現在があります。日々の忙しさで忘れかけている時もありますが、皆に感謝をしつつ、自分のできることをしていきたいと思います。

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