借金返済物語

カードローンや消費者金融などで膨れ上がった借金を返済するに至った体験談を掲載!

借金返済体験談

総額400万円の多重債務返済から逃げた結果、債権回収業者が動くハメに

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借金。

それは人生を狂わせる恐ろしい魔物です。

私は昔、20歳を目前に都会へ上京しました。都会というものは欲望渦巻く場所で、お金を出せばその欲望を満足させることのできる場所だと、当時の自分は考えていました。

来る日も来る日もアルバイトをいくつも掛け持ちして、とにかくたくさんお金を稼ごうと努力しました。

お金で好きな物を買い、お金で好きなことをしたかったからです。

 

「稼ぎがあるから安心」とは限らない、お金の魔性と人間の欲望

当時、いくつも掛け持ちをしていたこともあって、アルバイトにしては相当な月収を稼いでいたと思います。

しかし、人間の欲とは恐ろしいもので、それだけ稼いでいたにも関わらず、最終的に多重債務に陥ったのです。

今思えば、その原因として大きかったことは、クレジットカードの「キャッシング枠」と「リボルビング払い」、そして高利息の消費者金融の審査の緩さでした。欲と心の弱さが招いた最悪の結果でした。

 

現金一括払い以外の支払い方法を知ってしまったことがすべての始まり

最初の頃は、アルバイトで稼いだお金で、稼いだ範囲内の現金で十分に満足できる日々を送っていました。この時点では、日々散財はしていましたが、安めのファッションや居酒屋通いで満足していたのです。

しかしそのうち、ブランド品の魅力に取りつかれて、高い買い物に手を出すようになりました。

また、居酒屋を恥ずかしく思うようになって、バーやレストランに通うようになったのです。

すると、現金一括で支払うと、次の給料日まで現金が足りなくなってきたのです。

 

ある日、ブランド品を買いに行った店舗でクレジットカードを薦められました。

これが、人生で初のクレジットカードでした。元々があまりにも田舎者過ぎて、クレジットカードのことすら知りませんでした。しかし使い始めると、もうカードの虜です。

現金では渋っていた価格のブランド品も、分割払いができるので簡単に購入してしまう日々に突入です。

外食も簡単にカードで支払って、後でリボルビング払いに変更です。

「ゆでガエル理論」というものがありますが、当時の私はまさに、まだ水の状態から少しづつ温まっているだけの心地よい状態だったのです。この後、熱湯になるとも知らずに……。

気がつけば分割とリボルビングの返済支払いで精一杯の日々

最初のうちは分割払いとリボルビング払いで、月々の支払額が許容範囲内に設定されていて余裕がある気分でした。

しかしこれは後ろに引き延ばしているだけで、毎月追加で買い物や食事をして、これらを同じように分割やリボルビングにしていくと、毎月借金を積み重ねていっているだけの状態だったのです。

そして、気づくと月々の支払いの為だけに働く日々に陥っていたのです。

働いて返済しても終わらない日々。それでも、一度覚えた散財の快感は忘れられません。欲しい物が目の前にあると買いたくなるのです。

何とかお金を……本当に田舎者だった私にとって、クレジットカードも消費者金融も、同じものにしか見えていませんでした。ここから消費者金融にお世話になる生活のスタートです。

 

ついにクレカ支払いができなくなったため、審査即日の消費者金融で即借り入れ

当時は今ほど消費者金融の審査は厳しいものではありませんでした。フリーターのアルバイトでもどんどん貸してくれていたのです。

基本的に消費者金融一社あたりから50万円を借りることができていました。

ATMで現金50万円をまとめて借りて、財布にギッシリ詰めてリッチな気分になりました。この時点、利息のことなど全く無視で、まるで自分の口座から現金を引き出した気分で、再び散財生活の始まりでした。

今思えば、申し込んで審査に通るとすぐに借りられるという簡単さが、次から次へと消費者金融へ手を出す原因だったと思います。審査に通って、借り入れができている間は、どんどん追加で借りていきました。

 

そして再び、自転車操業の毎日へ

消費者金融からの借り入れ4社ぐらいまでは、クレジットカードに関する返済に充てつつ、相変わらず買い物や外食にお金を使っていました。

この状況になっても、買い物と外食に使う金額は減らないどころか増える一方でした。

いつしか、自分で作った借金にも関わらず、クレジットーカードに関する返済に理不尽すら覚えはじめ、浪費目的で更に消費者金融から借り入れを行うようになりました。借りたお金を返す為に借りる自転車操業の始まりです。

 

消費者金融9社目で、ついに借り入れができなくなった

アルバイトで生計を立てていた私は、上京したての頃こそ、その収入に十分な気持ちでいたものの、時が経ってもアルバイト、周りの社会人と比べれば当然収入が少ない状況に突入しました。

低収入の人間にいくらでもお金を貸してくれるクレジット会社も消費者金融もあるはずがありません。

そして、消費者金融で8社まで借りた後、9社目は絶対に審査が通らなくなりました。ついに「ゆでガエル理論」の熱湯に達したというわけです。

もう借り入れができない、これ以上アルバイトも増やせない。お金を工面する方法がなくなりました。返済するお金が足らなくなり、延滞の始まりです。

 

返済ができず、とにかく逃げ回った日々

自転車操業でも何とか返済を続けることができていた日々すら終わり、延滞が始まりました。

複数社の消費者金融の電話番号から、アルバイト先や携帯電話にひたすら連絡がきました。お金を稼がなければと分かっていても、アルバイト先に居られなくなり、辞めました。

 

債権回収業者へ委託され、訪問、督促状、特別送達、そして裁判

借金回収のあらゆる包囲網が始まりました。あるクレジット会社は債権回収業者へ委託されて請求がきました。

ある消費者金融は営業マンが直接自宅まで来ました。ほか、特別送達、裁判と、軒並み借金回収に乗り出してきたのです。

一件一件、みじめな気持ちにかられながらも、訪問には土下座、電話をかけて受話器に向かって頭を下げながら謝罪、通達への丁寧な文面での謝罪返送。全てに対応する日々でした。

月々いくらなら返済していけるのか、ということを取り決めて、ひたすら返済の為の生活を送りました。

返済さえきちんとしていれば、職場に連絡もこない為、再び働き始めました。そして、一件一件、完済をしていって借金総額を小さくしていく日々です。

 

借金は一度失敗したら人生をやり直すことは難しい

法律を介して自己破産や債務整理をせずに、返済を滞って逃げ回った結果は上記のような悲惨な結果を招きます。

家族や夢や目標の為の仕事ではなく、借金返済の為に働く日々。

そして、例え完済を果たしても、その後の人生の信用は限りなくゼロに近いものになります。

長らくローンは組めず、クレジットカードはもちろん作れません。信用機関にはむこう数年、ブラックや人物としてデータが記録されています。

家庭を持っても、家族に迷惑をかける未来を想像するとゾッとしませんか。

多額の借金をして更にこれを延滞することは、「知らなかった」では済まされない恐ろしい結末を招くという、赤裸々な体験談でした。

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